
「レッ、ちゅーん、ゲッ、ちゅーん、フォー、ちゅーん(Let's get fortune.)。SKEのかすみ草、松井玲奈です。」(玲奈自己紹介より)
パラグアイ戦、日本代表残念だった!!でも日本の連帯感が伝わるいい試合だった。
今回も引き続き総括。
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第4章 AKB48とは・理論編(つづき)
①戦略(つづき)
前回は、AKB48の人気の秘訣を、「48」という数の面から分析した。
そこでの結論は、
「48人という大所帯は、メンバーの多様性を確保することでファンのベースを拡大し、他メンバーとの競争下で多様な顔を見せる推しメンを意識的にフォローさせることでその魅力を伝えることを可能にする。そして、絶えざる推し変を許容してファンの離脱を抑止する構造をもつ」
ということであった。
今回は「AKB」という側面から分析する。
「AKB」は秋葉原(AKihaBara)からきている。AKB48は、秋葉原のドン・キホーテ8階「AKB48劇場」を拠点に活動するご当地アイドルという点にその特徴がある。
では「アキバ発のアイドル」はどういった意味をもつのだろうか?
「アキバ」。
AKB48は劇場アイドルである。今でこそ国民的アイドルと呼ばれ全国区となったが、2005年12月8日のチームAの1st公演に入った客は1ケタ。地道に公演を重ね、約4年かけてここまできたのだ。だが、よく考えれば「テレビにも出ていない中高生の学芸会」に金を出して見に来る客がいることが驚きだ。しかし、これこそが、アキバ発のメリットであり秋元康の狙いではないか。つまり、流行り廃りが激しいテレビの世界に比べ劇場でのショーは安定しており、アキバのヲタク文化はそれを補完して余りある。劇場公演は大舞台へのステップであり、帰ってくる家でもある。地味かもしれないが息の長いアイドル、AKB48のセーフティネットは万全だ。
「そこにいる」。
コンセプト「会いに行けるアイドル」。なんて革新的なんだ。「テレビの向こうの遠い存在」から「秋葉原に行けばいつもそこにいるアイドル」へ。この変化はファンとアイドルのコミュニケーションの在り方を根本から変えた。すなわち「出来上がったものを受容する」片方向のコミュニケーションから、「共に作り上げる」(空想的)双方向のコミュニケーションへの変化である。距離が縮む効果は予想以上に大きい。握手をしてアドバイスをする、公演を見てダンスやMCの些細な変化を見る。ファンはあたかも推しメンの専属プロデューサー気分だ。「AKBのトップを目指すメンバー、芸能界のトップを目指すAKB48」。彼女たちの成長物語にファンは歓喜する。これってスポ根だよねw
「脱アキバ」。
いつからかAKB48は「秋葉原48です」と自己紹介しなくなった。「AKB」が何の略か浸透してきたからというよりも、意識的に避けてるように思える。上述したように、彼女たちの基盤には秋葉原文化があるのだが、それは同時に危険も伴う。つまり、広い支持を受ける国民的アイドルになるためには「一部のヲタクが応援する地下アイドル」というイメージを払拭しなければならない。バリバリの制服ルックは減らし、曲調はポップに、アイドル用語やイタさは出さない…。逆に、雑誌モデルとして活動するメンバーを出したり、親近感のあるキャラを売りにする。こうして広い層にアピールできるようになった。「AKB」は秋葉原という固有名詞を脱色し、単なる記号と化した。
以上をまとめればこうだ。
「AKBは、秋葉原と劇場というバックグラウンドを持つことを意味し、狭いコミュニティで共に作り上げるアイドルという消費形態を可能にした。同時に、秋葉原の持つ負のイメージを捨てることでAKBは記号化し、広い支持を集めることに成功した」。
これが「AKB」の観点から見た強さだ。
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また長くなってしまった…反省。第4章理論編・②消費は次回にw
読んでくれた人、ありがとうございます。
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