2010/06/24

比較政治学入門③












A.O.ハーシュマン『離脱・発言・忠誠』ミネルヴァ書房、2005年

ゼミで「組織と人間」というテーマで扱った文献。

「なぜ比較政治学のゼミでこの文献を扱うのか」という疑問はあったが、
政治事象に限定せず人間行動を分析しようとする際に有益な視座だと感じた。



目次
第1章 序論と学説的背景
 2章 離脱(Exit)
 3章 発言(Voice)
 4章 離脱と発言の組合せ―固有の難しさ
 5章 競争が助長する独占
 6章 空間的複占と二大政党制の力学
 7章 忠誠(Loyalty)の理論
 8章 アメリカ的なイデオロギー・慣行の中の離脱と発言
 9章 離脱と発言の最適な組み合わせは可能か

順序がおかしいが、まず著者A.O.ハーシュマンについて書きたい。というのも、「訳者補説」にある彼の半生があまりにも激動で、その学問的態度に影響を与えているからだ。

A.O.ハーシュマンはベルリン生まれのユダヤ人。若い頃は勉学に励む傍ら、社会民主党の青年運動、反ナチス運動に加わった。ベルリン大学時代にナチスが勢いを増し、パリへ渡る。HECで経済学を学んだ後、ロンドンのLSEに移り、ハイエク等に学ぶ。ロンドン留学を終えパリに戻っていた彼は、スペイン内戦の勃発を聞き国際義勇兵に参加。共和国政府軍内部でスターリニストの勢力が拡大したことをうけ、イタリアで反ファシズム運動をする義兄の手伝いのためトリエステに移る。

トリエステ大学の統計学助手を生業としつつ博士論文を仕上げていた当時、義兄コロルニからの影響を多分に受け、マルクス主義とも決別。イタリアでもムッソリーニ政権の排外政策が強まり、再度パリへ。

パリでは経済社会調査研究所でイタリア経済の専門家として評価を得ていたが、第二次世界大戦の始まりを受けフランス陸軍に志願。しかし、ル・マン戦線でドイツ軍に包囲されたことから身分を変え除隊、マルセイユに向かう。そこでは、ヴェリアン・フライとともに緊急救援委員会の一員として、知識人のフランスからの亡命を支援した。その中には、トマス・マンやハンナ・アレントも含まれる。ただ、再度身に危険が及び、アメリカへ脱出することになる。

アメリカではロックフェラー財団で職を得、さらに結婚も果たすが、再度、アメリカ陸軍に従軍し北アフリカ戦線で戦うことになる。そして終戦。帰国後、FRBで欧州経済の研究をしていたが、マーシャル・プランに関わるようになる。その後は、イェール大、コロンビア大、ハーバード大、プリンストン大で教鞭をとる…

なんてこったい…w

国だけでも、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、スペイン、ポルトガル、アメリカ、コロンビア。職業は、研究者、活動家、兵士、密輸業者、ギャング。

関わった人もすごい。姪の旦那はアマルティア・セン!HECを勧めたのは後の仏首相ミシェル・ドゥブレ!義勇兵ではオーウェルもいたPOUMに接近!

政治学と経済学(の概念)を架橋せんとし、また、あくまで一般化を志向しつつも現実性を担保しようとする本書の視座もこれで少しは理解できる。つまり「極めて芳醇で複雑な具体的現実を普遍的なモデル、一つの体系や解釈に押し込めることは、現実の理解を妨げる…全体への視点を見失うことなく個別の限定的事象を理解するためには、絶対的な構築物や学問間の障壁を超えることが必要」との、コロルニの学問的態度と同様である。そこには、一面的な「世界観」による歪んだ現実把握の拒否と、現前としてある「世界」にコミットし続ける正義感がある。



あ~あ、長くなっちゃって本論が無くなっちゃったw要点のみ。

個人や企業が合理的行動や法規範から逸脱する態様とそれを引き戻す力、すなわち、「離脱」と「発言」という回復メカニズムとを解明する。両者の比較検討と相互関係の理論分析が本旨。「忠誠」は離脱を抑制し、発現を機能させる補助的役割を担う。離脱・発現はあらゆる組織に見られ、本書では消費者/組織メンバーと企業、有権者/議員と政党といった経済・政治事象の分析にこれら概念を用いている。

問題点はめちゃめちゃ多かったが、品質を媒介に需要に収斂させ定式化している点で「留まれて」おり有価値との結論。

以上。

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