
Chris Frith『心をつくる』岩波書店、2009年
「実験の方法:脳認知科学は政治行動の理解に何を付け加えるか」というテーマで、ゼミで扱う文献。
ついに教授の本領発揮。「(比較)政治学のゼミでなぜ脳認知科学なのか?」という問いが、権力論、ゲーム理論の研究を読んで少しずつ見えてきた。
ゼミのまとめは次のエントリでするとして、ここではこの本のレビュー。
☆
目次
プロローグ ホンモノの科学者は心など研究しない
第1章 脳の損傷例を手がかりとして
2章 正常な脳が世界について語ること
3章 脳が身体について語ること
4章 予測によって先んじる
5章 私たちが知覚する世界とは現実と対応した幻想である
6章 脳はどうやって心をモデル化するか
7章 心を共有する―脳はいかにして文化を創造するか
エピローグ 私と脳と
本書の目的は、
「脳が私たちに何を伝え、何を隠しているのかを明らかにすることで、脳が心をつくりだすメカニズムを探ること」
である。そのために、脳イメージング研究や心理学実験の結果を用いる。
私たちは普段、次のように考えてはいないだろうか。
「私たちは物理世界に直接関わっており、心的世界は物理世界とは独立している」と。すなわち、自分と世界/自分と心との関係は全く別物だと。
これは脳がつくりだした錯覚で、私たちが物理的・心的世界と認識しているのはともに脳がつくりだしたイメージである、と筆者は主張する。

1~3章では、脳が、私たちの意識の裏で錯覚をつくりだす例を挙げている。
その例の一つが、エイムズの部屋である(上写真)。
この写真は、もちろんどちらかが小人だとか巨人だとかいうわけではない。本当は、左側の奥行きが深いが、壁面の形を台形にすることで同じ距離に二人がいるように見せているのだ。トリックが分かってもこの写真の見方は変わらない、つまり、相変わらず片方が小さいか大きく見えてしまう。
ここで言いたいのは、「外からの情報が誤りだと分かっても脳は嘘の情報のまま世界を見せることがある」ということだ(パルテノン神殿とかもそう)。これは、外の物理世界に対してだけでなく、自分の身体についても起こりうる。事故などで腕を切断した人が、なくした腕があると感じる「幻肢」がその例。
脳は私たちが意識する以上に多くの処理をこなし、その中の一部を私たちに見せているに過ぎない。私たちは物理的世界に直接関わっているわけではないのだ。

4~6章では、脳がイメージ(心)をつくりだすメカニズムを明らかにする。
そのメカニズムとは「脳は、あるモデルに基づいて物理世界を予測し外界を知覚する。知覚した外界からの刺激と予測に基づくイメージとを比較し、間違っていた部分について元のモデルを修正する」というものである。
上の写真は「ルビンの壷」と呼ばれるトリックアートだ。
「二人の顔」と見るか「壺」と見るか。私たちは、頭の中のモデルを元に予測を立て探索することで、世界にあるものを発見する。モデルによって見えてくるものは違うのだ。解釈が定まらないルビンの壷のようなものでない限り、知覚した刺激を元に解釈を定め、モデルを修正する。
人間が知覚するのはこうしてできた脳内の世界モデルであって、物理世界そのものではない。
そしてこのことは、他者の心についても当てはまる。脳は、他者の行動からその意図や感覚を得て、心のモデルをつくりだす。私たちはこうして、物理世界を捉えるのと同様にして、他者の心をも捉えることができるのだ。この意味で、物理世界と心的世界は脳がつくりだすイメージとして同じであるといえる。
これらのことから、筆者は以下の含意を導く。
その一つは、心を共有し文化を創造することができる、という命題(7章)。
自分の考えを相手に伝えることを考える。「自分の考え」が「相手が受け取った自分の考え」と同じかどうかを探るため、相手の心のモデルを自分の中につくりだし、「自分の考え」と比較する。両者が一致していない場合、それは次の相手に関する予測が外れる。そのときには修正する…。相手もこの作業を行う。こうすると、自分の脳内にある相手の心のモデルを修正し正確なものに近づけていくにつれ、互いの心(のイメージ)が共有される。
もう一つは、私を自由で独立した主体とする錯覚が協調を可能にする、という命題(エピローグ)。
自分を自由で独立した主体と捉えると他者も同様だとの信念が築かれる。一方、他人を懲罰をも課せる対象、つまり責任主体と捉えるためには、その他者が自由で独立した主体との前提が必要である。筆者は、前者が後者を準備することで、フリーライダーを防ぎ協調行動をとらせるための仕組み、つまり、懲罰のシステムが可能になるとする。脳がつくる錯覚はこれに寄与するというのだ。
☆
長くなったわりに分かりにくくなってしまった。
本書では、以上で述べた脳のメカニズムを豊富な実験結果を用いて説明している。それらを丁寧に読むと理解しやすい。しかも、それら実験は面白い(他人を無意識に模倣している例や、イメージトレーニングが実際に効果を持っている例)。文章も笑えてしまうような比喩や皮肉が混じっていて読みやすかった。
おすすめです。
(H・ω・M)
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